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2015年11月19日木曜日

映画〈harmony/〉を観てきた感想

 僕は、伊藤計劃さんの小説『ハーモニー』が好きだ。
 それを原作としている、映画〈harmony/〉も好きだ。
 愛してる。

 この文章でストーリーを紹介する気は、ほとんどない。
 設定説明もほとんどしない。
 小説を愛する者であり、アニメを愛する者として、なにかネット上に書かなきゃいけないのではないかと思って、書く。
 そういう文章。

■でも、まずはざっくりとストーリーを説明。
 かつて、非常に強いカリスマ性を持つ少女・ミァハがいた。
 WHOで働く女性・トァンは、学生の時にミァハと自殺を図ったものの、失敗した生き残りだ。
 トァンが久し振りに日本に帰国した時、友人のキアンに会う。
 キアンもまた、かつてはミァハのカリスマ性に影響を受けていた女性だ。
 しかし、実はキアンは、トァンの自殺を止めさせ、彼女を助けようとしていたことを告白する。
 そんなキアンが、トァンの前で思わぬ行動を取る。
 ナイフを首に突き立てて、自殺。
 この瞬間、世界中で数千人の人間が自殺を試みていた。
 この『事件』に、死んだはずのミァハが関わっていると直感したトァンは、ミァハの亡霊を追い始める。


■ミァハとトァンとキアンの関係。
 さて。話のとっかかりとして、自殺のシーンを話題にしたい。
 主人公であるトァンは、キアンの自殺がショックだった。
 古くからの友人が、目の前で自ら命を絶った衝撃。
 でも、トァンにとっては、もう一つ重要な意味があった。あったはずだ。
 キアンは、ミァハの支配下になかった。学生時代の頃から。最初から。
 それなのに、まるでミァハのあとを追うように自殺した。
 では、かつて徹底的にミァハの支配下にあり、今も精神的影響を受けている自分が生きている理由はなんなのか?
 だから、キアンが死の間際に遺した言葉が、トァンに重くのしかかる。
「ごめんね、ミァハ」

 ちなみにこのセリフ、原作では「うん、ごめんね、ミァハ」となっている。
 これは、ミァハを全面肯定する言葉であり、「自身がミァハの支配下にある者だ」と認める言葉だ。だから「うん」を削ったのはいかがなものか、と今はまだ思っている(映画のラストを考慮するなら、抜いたのが正しい気もする。いずれ考えが変わるかもしれない)。
 映画はトァンとミァハの関係に大きく的を絞っていた。
 だから、トァンがだれだけミァハの『近くにいる』のか、『支配下にある』のかが重要だ。


■デザインの話。
 映画版のWatch Meは、左の鎖骨あたりに、外から見える形で埋め込まれている。
 これは差し込み口になっていて、ここにスティック状の機械を差し込むことで、メディケアで作られる医療分子と呼ばれる薬を注入できるようだ(掻き毟りたくなること請け合いだ!)。
 そのWatch Meの上――首筋には、Watch Meを入れている証としてだろうか、赤い十字架が描かれている。
 このデザイン、すごくいい。
 明らかに『マーキング』だし、銃のスコープで照準を合わせているようにも見えるし、吸血鬼の噛み痕のようにも感じる。
 このWatch Meがミァハに握られ、何十億という人間が彼女の支配下に置かれる。
 人々は生殺与奪権を完全に握られるのだ。
 そんな記号として、Watch Meに赤い十字のマークを選んだのは、すごく綺麗だと思う。

 そんな風に、映画『ハーモニー』はデザインが美しい。
 きちんと作品の内容に沿うように、細かく設定を作ったのだろう。
 ピンク色に染まった日本の街(キモイ。絶対に息苦しさを感じる)。
 目に直接映し出される映像(店を見やっただけでメニューが表示される上、「お前もっと糖分取れよ」とかメッセージが出る)。
 ……主人公たちに共感することは、それほど難しくない。
 だって、あんな世界に住みたくない。
 あの世界に住むぐらいなら、石碑のある世界を選びたい。 
 時々挿入される『真っ白な石碑』の、無機質で美しい、神々しさ。
 魅力的だ。
 あのiPodとWiiリモコンを悪魔合体したみたいな姿の機械は、うちに一基欲しい。
 キャラグッズ作って欲しいな。スイッチ入れると1.5秒間隔ぐらいで「チーン」って音がするの。それだけでいい(etmlが流れたら一番いいけど)。
 売れると思うのだが。


■3DCGアニメのカメラワークについて。
 日本アニメに、本格的に3DCGアニメが導入された時に結構問題になったのが、カメラワークだった。
『FREEDOM』の時だったと思うが、CGのスタッフはとにかくカメラを動かしたがる。
「このモデルは上手く作れたから、いろんな部分を撮りたい」という風に、カメラをグルグル回してしまう(僕も今も、MMDで初音ミクのPVを撮って遊んでいると、同じ過ちを犯している)。
 カメラをぐるぐる回すことのなにが問題かって、演出意図を無視してることが問題なのだ。
『ハーモニー』の、レストランでのカメラワークは、びっくりした。
 最初は「無意味に回しやがって……」ぐらい思っていたのに、どんどん引き込まれた。
 自殺してしまったキアン視点でのレストランでは、彼女にミァハが語りかけているので、カメラが回る効果は特に高いと感じた。
 だって、カメラが止まると不安になる。
 動かし続けて欲しいとすら思った。
 だって、カメラが止まったり、動く方向が切り替わったら、ミァハが出てくるんだもん!
 僕は、映画のPVでミァハ役の上田麗奈さんの声を聴いた時「こりゃねえわ。イメージと違いすぎる」と思ってたけど、レストランの「善の話」をしている間に変わった。
 あれはハマり過ぎで怖い!
「この女、絶対に頭がおかしい!」と思わせる声と演技だ。


■光の話
 印象的に光が使われていた。
 記憶の中の校舎。
 長い廊下の照明。
 登場人物が移動すると、きちんと光の影響を受ける。
 それらの映像は、浮いている感じがしなかった。
 今までにも、綺麗な光を描いたアニメ作品はあった。
 僕はそのほとんどを「浮いている」と感じた。
 理由はわからない。
 他のシーンから「浮いている」のか、CGの光が手描きアニメから「浮いている」のか。
 そう言えば、『BLOOD THE LAST VAMPIRE』は違和感を覚えなかった。
 あれは2000年の作品なのに、なぜそのあとに作られた作品群の方が違和感バリバリなのだろう。
 やっぱり科学技術力よりテクニックの問題なのか……。


■最後に、かなりどーでもいいこと。
 なぜテーマソングを歌っているのが初音ミクじゃないんですかね?
 もちろん、EGOISTの「Ghost of a smile」はすごくよかった。
 ちゃんと買ったよ。
 今、iTunes開いたら、113回再生してる。
 でも、この曲を作ったryo(supercell)さんが初音ミクに歌わせていたら、もっと独特な曲になったと思うんだ。
 人間の魂のなくなった世界で、魂を持たない初音ミクが、人間に「謝るよ」「仲直りがしたいんだ」って、まるで魂を持っているかのように歌ってることを想像したら、楽しいじゃん!(同意を求めています)
 映画自体がフィクションと現実の垣根をズブズブと浸食するような作りになっていたんだから、存在自体が第四の壁を破っているミクさんを起用するべきじゃないかな。
 あと、アラン・チューリングが主役の映画『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』の主題歌も初音ミクにするべきなんじゃないですかね。

2014年11月24日月曜日

『楽園追放 -Expelled from Paradise-』を観てきた。

やっと『楽園追放』を観てきました。
パンフレットは売り切れ。
人気があるらしい。

感想。
メカのアクションがすごくよかった。
板野サーカスが大炸裂。
エンドロールで板野一郎さんのお名前を見かけて納得。

広いターゲットを狙ったらしく、SF設定はかなり手加減されているようだ。
それを承知の上で三つほど突っ込む(僕の勘違いの可能性あり)。

・ディーヴァの人間が受精卵から生まれる必要性が、観客に感情移入させる以外にない。
(遺伝子もコンピュータでエミュレートすればいい)

・ディンゴの趣味はもっと「役に立たない物」にするべき。
(ロックはともかく、音楽鑑賞はディーバ内でも趣味として通用している)

・フロンティアセッターが『人間性』を獲得している必要はない。

再度書くが、これらはスタッフもわかってやってるはず。
わかりにくい話を作るつもりはないのだろう。

こういうエピソードが欲しかったなあ、というのを一つだけ。
それは『初めてのトイレ』。
アンジェラは「食った」ので、絶対に「出す」はずである。
また、彼女は体調が悪いことに気づかないぐらいの『肉体オンチ』である。
つまり尿意と便意に気づかない可能性が高い。
気づいたとしても便器(洋式なのか和式なのかもっと別のか)の使い方がわからない。
「拭き方」なんて未知の領域だ(僕らがいつもと違う方の手で拭くのも難しいぐらいだし)。

これぐらいはスタッフも考えたはずだけど、そりゃまあ、カットするだろう。

2013年11月26日火曜日

『かぐや姫の物語』を観てきた。

※一応ネタバレがあるので、嫌な人はお帰り下さい。






 さて、観てきた。
 エンドテロップか流れている間ずっと思っていたのは、「ヤバイ……意味が解らない……」だった。
 アニメオタクの端くれとして情けない限りなのだけれど、本当に解らなかった。

 またしても「10年」の物語だったことは、わかる。
 辛い冬も10年耐えれば春が来るだろう。
 あとにして思えば、逃げ出したあと、あの山での会話が、僕の中における『かぐや姫の物語』の映画的クライマックスだった。
 あとは余韻である。

 ラストシーンが近くなってくると、もうこちらもまな板に載った鯉のように覚悟が出来てきたからか、退屈であることがこの映画の主題であるように思えてきた。
 耐える日々の後、 春も訪れる。
 懐かしい人との、ひとときの逢瀬――あれが春だろう。
 短い春だった。
「死を知り、死の影に追われて逃げている間こそが『人生』」なのかもししれない。

 そして天人のお迎えが来る訳だが――
「天人の方が楽しそうじゃん!」
 なんというショック。
 すべてを忘れてしまう向こう側の方が楽しそう!
 かぐや姫の“春”すら短く刹那的に描いたのに――

 あのラストシーンを見ると、全体が恐ろしく退屈な映画だったことも許せる気がしてくる。
 人生とは退屈なものだし、劇的なことなんて滅多に起こらないし、でもあとになったらそんなことが幸せだったと気づくものだし。
 と、許せる気がしたのだが――
 かぐや姫が最後に、あんなに感情たっぷりに振り向いた理由が解らない。
 わからん。
 彼女は嫁いだ訳であり、死んだ訳であり、感情がなくなった訳であり――
 振り向かせてはいけないんではないか?

 子供向けではない。
 大人向けでもない。
 オタク向けでもない(作画マニアや演出マニアは除く。そんなに数いないし)。
 誰だ。
 誰に向けて作ったんだろう。

 とりあえずiTunesで『天人の音楽』を買いました。
 絵コンテ、どうするかなぁ……。

2013年8月4日日曜日

『風立ちぬ』のネタバレ感想 追加

 二郎は戦争に賛成している訳ではない。
 もちろん兵器が作りたかった訳でもない。
 そんな二郎の行為を肯定するなら、もっと巧くやる方法がいくらでもある。監督はあの宮崎駿さんだ。できないはずがない。
 もっと無邪気なキャラにすればいい。二郎に笑わせればいい。大声で主張させればいい。もっと彼が報われるラストを作ればいい。見ている者が二郎に共感できるような演出をやればいい。
 でも、宮崎監督はしなかった。
 二郎自身に「戦争は良くない」なんて語らせない。
 友人の「俺たちはいい飛行機を作りたいだけだ」に頷くことすらさせない。

 絵コンテを読むと、ラストで菜穂子と再会した時、二郎が笑顔になるカットがあった。でも、そこには大きく×印が書かれ、欠番とされていた。
 二郎を肯定するなら、このカットを切るはずがない。
 僕は宮崎駿監督を『信頼』している。
 『風立ちぬ』は、失敗作でも駄作でもない。

2013年8月3日土曜日

『風立ちぬ』を観てきた。


 最初に感想を。
 良かった。面白かった。宮崎駿監督の作品の中でも、群を抜いて好きだ。でも共感はできなかった。
 エンタメ作品としては失格だけど、多分、監督はエンタメにする気がなかったと思われる。
 恐らく、今まで築いてきた地位を蹴り壊す気だ(もっと早く蹴り壊して欲しかった)。
 以下よりネタバレ全開で書くつもりなので、嫌な人は読まないで下さい。


 映画が始まって、ずっと違和感がつきまとってた。
 最初の違和感は、二郎が夢から覚めたところ。墜落して目覚めるのだから「身体がビクッてなるかな」と思っていたら、そんなことはなかった。
 シーンがとにかく飛び飛び。場所はもちろん、時間経過もよくわからない。
 このあたり、宮崎監督っぽくない。二郎を「常人ではない」風に描こうとして、こんな手段をとっているのかも……と思ってた。でもそんな手法で撮られた宮崎作品は見たことがなかったので(書いてて自信がなくなってきたけど)、映画が始まってからずっと宮崎駿監督の正気を疑っていたんだけど、いや、最後の方でやっと納得しました。
 二郎やカプローニは、気が狂ってる。
 そして宮崎監督は、彼らが狂気を自覚しているものとして映画を撮ってる。
 男たちの正気を疑ってしまうような映像は、いたるところに配置されている。
 とても飛ぶとは思えない巨大な旅客機(実際に飛んだらしい!)とか、片言の日本語で喋るカストルプの表情とか(他の外国人に流暢な日本語を喋らせて彼だけ片言なのは普通じゃない)、いつまで経っても妹のスケジュールが覚えられない二郎とか。まあ、色々。
二郎たちが自覚していると確信したのは、ラストの夢の国での二郎とカプローニの会話。
 「ここは最初にお会いした草原ですね」
 「われわれの夢の王国だ」
 「地獄かとおもいました」
 「ちょっとちがうが似たようなものかな」
 しかもこの会話をしている間、二郎の顔はカメラの方を向かない(確か……)。
 果たして宮崎駿監督は、彼らに共感して欲しいと思ってこの映画を創ったんだろうか。
 なんだか登場人物が「本音ではないセリフを言っている」ようなところもいくつかあった。
 そのへんは絵コンテを読み込んで考えたい。

 さて。
 二郎は純朴な男なのか?
 天然男なのか?
 戦争の道具を造っておいて、自分は素晴らしい飛行機が造りたかっただけだと、胸を張って言うような男なのか。
 少年時代、二郎が悪ガキに絡まれている子どもを助けるシーン、そしてそのあと、母親に堂々と「転びました」と嘘をつく。
 大人になっても、腹が空いている待ちの子どもにご飯を渡そうとして、逃げられてしまう。
 偽善か。偽善だな。でも彼は、自覚しているはずだ。
 二郎の飛行機は美しい出来だったけど、「一機ももどって来ませんでした」。
 多分、二郎を天然として描くなら、このセリフは入れなかったと思う。
 二郎は自覚してる。
 自分は気が狂ってる。戦争の道具を嬉々として造った。妻の命と自分の仕事を天秤にかけた(ここは男尊女卑的な描写が気になったけど、あの頃の日本を考えれば――少なくとも聞いた話では――変な描写ではないので、目をつむってもいい)。
 なので、僕は二郎が自分の行いを自覚していると思った(そっちの方がタチ悪い気もするけど)。

 問題は、宮崎監督が彼ら(映画のキャラとしてね)の行為を肯定しているのかどうか……わからない。
 劇場で観ていて、ちょっと気を許すと二郎に同調・感動しそうになるのを止めるのが大変だった。
 間違いなく、僕はこの『風立ちぬ』が好きだ。自分の汚い部分を取り出して「ほうら」と見せられた気分。
 でも世間様に胸を張って「『風立ちぬ』が好きです」とは言いにくい(いや、もう書いたか)。
 なのでこっそり胸の中にしまっておきたい。

 監督の飛行機は戻ってきたのだろうか?

 最後に。
 宮崎駿監督の絵コンテ、初めて買いました。これは良い物ですね。
 本屋さん、頑張って売って下さい。
 他の商品と一緒に棚に並べて下さい。
 絵コンテだけ倉庫にしまわないで下さい……(買いに行った本屋では返品寸前だった)。

2013年5月9日木曜日

押井守監督とガルパンと現実と虚構

 最初にことわっておくけど、例のブロマガを読んだ僕の『妄想』ね。

 さてさて。
 押井監督的には「『ガールズ&パンツァー』が受け入れられた理由が解らない」らしい。
 意外だ。
 で、小一時間ほど考えてみた。

 多分、押井監督は現実と虚構の区別が『つきすぎている』のだと思う。
 監督は作り手側なのだから当たり前だろうけど(もちろん、ガルパンスタッフだって現実と虚構の区別がついていない訳ではない)。
 もしガルパンに登場する戦車が虚構の物だった場合、ファンに受け入れられた理由もあっさり理解されたと思う(「ああ、『けいおん!』の戦車版ね」で終わったはずだ)。

 しかし視聴者は違う。
 アニメファンの中にある『現実と虚構の垣根』は、恐ろしいぐらいに低くなっている。
 もはや「アニメの中で走り回っている戦車が実在する物だろうがファンタジー的の物だろうが、どっちでもいい」んだ。
 最終話でポルシェ・ティーガーが黒森峰の前に立ち塞がった時、何人のファンが「ポルシェ・ティーガーの勇姿」に感動したか?
 多分、ほとんどの視聴者は、あそこで立ち塞がった戦車が別の車輌だったとしても、反応に大した違いはなかったと思う。

 作り手側は『現実と虚構』を意識するだろうけど、見る側は、かなりどーでもよくなってる。
 「現実の戦争でもキャラクター性は存在する」と押井監督自ら仰っている訳で、実在する兵器にだってキャラクター性はあるのだし。
 ガルパンはそれと女の子とスポ根をうまく混ぜた。
 これからは、アニメ企画を通す側の人たちの考え方も変わってくると思う。

 以上。
 僕が小一時間で考えられるのはこの程度。

 ああ、ガルパンの企画書、読んでみたいなぁ。

■追記
 押井監督の気持ちがわからない人は「『けいおん!』で放課後ティータイムが、実在するバンドの歌を演奏してもウケただろうか」と考えてみるといい。
 あと、ある程度古いアニメを知っている人は、アニメってのは「虚構の世界で虚構のキャラが虚構のアイテムを使って虚構を演じる物」が大半を占めていたことを思い出そう。

2013年4月22日月曜日

『這いよれ!ニャル子さんW』のEDすげぇなおい

 今までアフィリエイト先を間違えていました。
 すみません。
『Wonderナンダ?片思い』
絵コンテ・演出:北久保弘之
作画監督:滝山真哲
原画:高田晃、川元利浩、北久保弘之、工原しげき、新井浩一
動画検査:季眞仙
色指定・検査:谷口ゆり子
撮影:江面久

 『BLOOD THE LAST VAMPIRE』の北久保監督が絵コンテを切った、あの奇妙なED映像をDVDに収録。
 やたらとエロいのは、まあ観た人ならみんな知っているだろうけど(特にクー子のシーン、いいね!)、この映像、「3DCGを一切使っていない」というのだから驚きだ。
 っていうかスタッフ豪華すぎだろこのED!

 ニャル子さんは、本編はパロディ満載のギャグアニメだけど、キャラだけ見るといわゆる『萌えアニメ』だよね。
 そのキャラをここまで肉感的に描くとは、ちょっとした驚きだ。

2013年1月4日金曜日

『ガールズ&パンツァー』を批判する人へ

 物語が単純?
 BGMが安直?
 うるせぇ知ったことか俺は動く戦車が観たいんだよ!!
 ミリタリーコメンタリーでオッサン3人が「イギリス戦車が砲塔を回しながら走るんですよ」と興奮してただろオッサンはアニメで戦車が見たいんじゃ!
 キャラを渋くしろ?
 ンな企画通る訳ないだろバーカ!

 そもそも『戦車アニメ』なんてジャンルは今までなかったんだよ!
 どんな演出すれば格好良くなるかもまだわかんねーんだよ!
 過渡期なんだよ!
 超実験アニメなんだよ!
 多少こなれてないぐらいで文句言うなクソッタレ!

 そりゃガルパンを批判しようと思ったらいくらでもできるよ。
 でもアニメファンなら、まずはこんなに楽しいアニメを作ってくれたことに感謝するべきだろ。
 物語が複雑でもっと戦略が練られた作品はこの後登場するんだよ。
 でも今後作られる戦車アニメは全部『ガルパン以後』なんだよ。

 「『以前・以後』で語られるだろう」と予感させてくれる画期的な作品をリアルタイムで観られるのは、凄く幸せなことなんだよ。
 俺は初代ガンダムや庵野さんたちが作ったDAICONフィルムなんかをリアルタイムで観られなかったことが凄く悔しい。
 だから、もっと、素直に喜ぼうよ。

 というTweetをしましたが、やっぱりこれはブログにも載せておくべきだろうと思って、転載しました。

2011年11月27日日曜日

『魔法少女まどか☆マギカ』を観て

別に今日見終わった訳ではありません。念のため。
 ちゃんとリアルタイムで(しかも関西で!)観ていたのだけれど、ちょっと整理がついていなかったので、今感想を書きます。

 最終話を見終わった感想は「なんだ、ここで終わっちゃうのか……」というものでした。
 ストーリーにも作画にも不満はなかったし、むしろ楽しんだんだけど、そんな感想。
 自分でもその理由がよく解らなかった。

 まどマギのキャラは、とにかく死ぬ。
 メインキャラ五人の内、生き残ったのはただ一人、暁ほむらだけ。
 彼女は、登場しているメンバーの中では唯一生き残った魔法少女だ。
 だからだと思うのだけど、彼女の死も描いて欲しかったと感じた。

 なぜなら、多分、彼女の寿命は短い。
 魔法「少女」というぐらいだから、彼女が生きられるのは、あと数年。
 彼女は宇宙のエネルギー問題を解決するために戦い続け、そして死ぬだろう。
 それはまどかとの再会を意味する。
 人間ではなくなり、現象や概念の存在となったまどかとの再会――。
 僕はそれを期待していた。
 別れはたっぷりと描かれていただけに、あんな空耳でお茶を濁すなど許せなかった。

 今のままでは「ハッピーエンド」であり(全然ハッピーじゃないと怒る方もいるだろうが)、僕が見たいのは「トゥルーエンド」なのだ。
 逆だと言う方もいるだろうけど、僕の中ではあれはハッピーエンドなのだ。
 劇場版では、そこんところに手が届くといいな、と思っています。
 もちろん、TV版と同じく、僕の期待を大きく裏切る形で。
 楽しみだね!
 でも、シャフトさん、なんか忙しそうなんだよなぁ……。

2011年7月29日金曜日

輪るピングドラム 4TH STATION 舞い落ちる姫君

絵コンテ・演出:金子伸吾
作画監督:田村正文、進藤優

 第4話では前回の引きからして恐ろしいことが起こると思っていましたが、まさかの苹果ちゃん爆笑劇場でした。
 いやもうね、観てる間から「今回の絵コンテ切ったの誰だよ!」と笑っていたんですが、ソウルイーターでエクスカリバーの回をやっていらっしゃった金子伸吾さんで納得。『DARKER THAN BLACK -黒の契約者-』や『桜蘭高校ホスト部』でも演出されてましたね。
 やっぱりウテナを経験したスタッフは何をやっても巧くて面白いです。

 ですが、最後の最後で赤い靴の女の子が……。
 これも運命なのですか。
 何の運命なんだよ。
 苹果ちゃんの運命日記、やっぱり怖いよ……。

 あ、そう言えば今回「生存戦略!」がなかった。
 あれがないとちょっと物足りない。
 しかし面白かったので、来週もファビュラスマックス!

2011年7月22日金曜日

輪るピングドラム 3ND STATION そして華麗に私を食べて…

絵コンテ・演出:柴田勝紀
作画監督:中村深雪

 第3話はウテナファン待望の牛回だよ!
 嘘です(いや嘘ではないけど)。
 本当はカレーの日です。
 「大切な人と食べるカレーは、幸せの味がする」
 苹果ちゃんの家では毎月二十日はカレーの日。
 そして憧れの多蕗先生と一緒にカレーを食べるのだ!
 ……と思いましたが、なんと先生には彼女が……。
 しかも、モデルの時籠ゆりですよ。
 声は能登麻美子さんですよ。
 とんだリア充ですよ。

 あと、CMで話題になった「拾い食いはいけません!」の回でもありました。
 ぶっとんでるなぁ。
 ぶっとんでると言えば、「生存戦略!」が徐々にギャグになってきていますね(いや最初っからギャグでしたが)。
 省略のされ方が半端ないッス。
 半端ないと言えば、「カレー」と「加齢臭」と「華麗」をかけてくる監督は半端ないッス。
 親父ギャグ炸裂。

 来週は、苹果ちゃんの運命日記が何か恐ろしいことを引き起こしそうな予感。
 キャラがキャラなだけに、ちょっと怖いです……。

 最後に。
 今回、ペンギン1号の扱いがひどくないか?

 あ、Amazonでブルーレイの予約が始まりました。
 予約予約♪――と思ったんですが、なんかエラーで予約できません。
 なぜだ……。

2011年7月16日土曜日

『BLOOD-C』OP 感想

絵コンテ・演出:梅津泰臣
作画監督:黄瀬和哉
原画:松竹徳幸、田中孝弘、後藤隆幸、黒岩裕美、斎藤敦史、吉川真帆、中村悟、植田実、幸田直子、小倉陳利、若林信、浅野直之、片桐貴悠、中嶋敦子、頂真司、番由紀子、新井浩一、秋山一則、諸星弾、古川尚哉、金子秀一、佐々木洋平、大久保徹、塩谷直義、石田慶一、阿部望、坂本修司、高橋しんや、西尾鉄也、中野りょうこ

 アニメファンならびにCLAMPファンのみんな、まず最初に謝っておくよ! 実は僕はまだ本編を観ていないんだ。
 でもオープニングだけは本編放送時間の何倍もの長い時間観ているんだ。馬鹿なんだ。
 あと、黄瀬和哉ファンのみんなにも謝っておくよ! 実は僕は黄瀬さんの作画はそんなに好きじゃなかったんだ。沖浦さんとか西尾さんとか井上さんの方が好きだったんだ。
 でも訂正する。黄瀬さんは素晴らしいアニメーターさんだ。

 謝罪はここまでにしておいて。
 まず、戦闘アニメなのに主人公が眼鏡というのが鬼畜である(鬼畜眼鏡とは関係ない)。
 とにかく、眼鏡キャラがアクションするというのは、アニメーターさんにとっては辛い仕事だろうと思われる。この小夜のキャラクター原案であるCLAMPさんは鬼だと言ってもいい。
 しかしこのOPの小夜はいいメガネっ娘だ。絵も崩れていない。大変苦労されたと思う。

 そして絵コンテ・演出の梅津さんと言えばベテランアニメーターであり、『女子高生 GIRL'S-HIGH』EDや『それでも町は廻っている』OP等で話題になったので若い方でもご存知だろう。あと、エロいアニメに関しては世界トップクラスの能力を誇っている。
 このオープニングアニメで、私的最大の見所は、サビのところからの小夜の肌から血の膜がめくれて舞っていくシーン。
 梅津さんがブログで絵コンテをちょこっとだけUPされていたけれど、はっきり言ってこれをアニメーターに要求するのは酷だと思うんだ。
 しかしアニメーターは応えた。きっと粘着気質な職人であろう。
 素晴らしい! BEAUTIFUL! ワンダフル! 沖浦啓之さんが降臨されたのかと思ったぐらいだ。あと尻がエロい。
 しかし血の膜が舞う最後のところ、乳首が隠されているのは修正が入ったのだろうか? 第1話上映会では無修正版が流されたというので、参加された方はぜひ教えて欲しい。

 あと、“古きもの”が地面からモリッと出てくるところも好き。
 その後の戦闘は一瞬だが、コマ送りして観ると結構派手に血しぶきが飛んでいるし、骨が見えていたりして、グロい。ぜひ録画してコマ送りして欲しい。

 「OP詐欺」という感想も目にするけれど、それはOPスタッフに対する褒め言葉でもある。
 あんまり非難するために多用しないよう気をつけられたし。

2011年7月15日金曜日

輪るピングドラム 2ND STATION 危険な生存戦略

絵コンテ・演出:山崎みつえ(崎は立つに可の﨑)
作画監督:加々美高浩、蒲原遙


 山﨑みつえさんは助監督の方ですね。
 最初の方は豪華なスタッフがそろっているようです。
 原画には川畑えるきん氏も発見。

 内容についてですが。
 第2話はいきなり生存戦略から始まり大爆笑。
 いやあ、テンション上がりますね。
 どうやらあの世界では、口答えするとボッシュートされるらしい。
 ペンギン、案外無慈悲。

 そしてピングドラムを手に入れるため、女子高生をスタイリッシュ・ストーキング(女子校潜入)。
 バカテス以上に馬鹿な展開で笑った。
 見えないからって、ペンギン1号と2号、荒ぶりすぎだろ。股に挟まれたり。エロスエロス。
 あと、下着売り場。
 あのシーンのためにCGが作られたかと思うと笑いが止まらない。

 そして運命を信じる俺のヒロイン・荻野目苹果は、なんと未来日記をつけてその通りに行動しているストーカーでした……。
 まじかよ……しかもリアルっぽくて怖いんだよ……。
 床下に潜んで「だって、これからはずぅっとあたしが一緒だもん」とか、怖すぎるよ……。
 俺のヒロインが……。
 いや、それとも何かの能力者なのか……?

 さあ、謎も深まりつつ、来週も生存戦略するよ!

 最後に。
 ちっさいのも悪くない。

2011年7月14日木曜日

『うさぎドロップ』第1話

監督:亀井幹太
シーズ構成・脚本:岸本卓
キャラクターデザイン:山下祐
アニメーション制作:プロダクションI.G
原作:宇仁田ゆみ

絵コンテ・演出:亀井幹太
作画監督:山下祐

 関西でもようやく放送されました。
 いやぁ、よかった。
 原作ファンとしても、アニメファンとしてもよかった。

 まず、絵が原作の雰囲気を捉えている。
 特に大吉の崩れ顔とりんの顔。
 実写みたいに大吉の年齢下げたりして逃げないところも素晴らしい。見習え。

 もちろん、原作と変わっている部分もある。
 ダイキチを見たじいさんの友人(だったと思う)が、じいさんが生き返ったと驚くシーンなんかはカットされてた。
 あれは多分、第1話でどこまでギャグを入れるかで迷ったんじゃないかな。
 でも、そのシーンがなくても、ちゃんと「大吉とじいさんが似ている」ことが解るように、りんの視線で口だけカットをつなげて撮したり、セリフで説明したりと丁寧に拾っているので、問題ない。

 あと、麗奈ちゃんが言うセリフ。
 「あのこねえ!! しゃべれないんだよぉ!! まだはもぬけてないしぃ」のところはよかった(原作にあったかどうか覚えてない)。
 恐らくは誰か大人が言っていたであろう言葉を喋っているんだろうけど、それがダイキチを苛立たせているのがよく解る。

 こんな感じで、今後も原作のよい部分とアニメオリジナルのシーンを組み合わせて、よいアニメにして欲しいですね。

 最後に。
 ダイキチの母親の「もう、30にもなって!」のセリフは一緒に見ていた母に「あんたみたいやね」と言われた(どうやら母もこのアニメは気に入ったらしい)。
 でも俺、ダイキチより年上なんだよなぁ……。



2011年7月10日日曜日

ピンドラOPをひたすら繰り返し見ていたら気になったこと

 『輪るピングドラム』のオープニングをひたすら無限リピートしていたらいくつか気になることが出てきたので書き殴ります。
 歌はやくしまるえつこメトロオーケストラです。
 やくしまるさんは相対性理論のボーカルで有名だし、たくさんのアニソンを歌われているのでもうみなさんご存知でしょう。
 まあ気になったのは歌じゃないのでそれは置いておくとして。

■落ちる登場人物
 双子の2人が落ちて砕けていくシーンは、死を暗示しているような気がします。
 しかも最後の方では、2人の手が離れ、弟(?)の影だけが落ちていくのは不吉で仕方ありません。

■ウロボロスの描かれた本
 登場人物の1人がそれを受け取っていることから、単なる小道具ではなく何か意味のあるアイテムだと思われます。

■落ちる林檎
 第一話の小学生たちが話題にしていたのが『銀河鉄道の夜』に登場する林檎についての解釈だったので、OPに出てくる林檎も何か意味があると考えるのが普通です。
 「愛による死を自ら選択した者へのご褒美」という解釈は、今後のストーリーにも関係してくるかも?

■CGメカの熊
 本編の「生存戦略!」の時に登場していたあれです。
 ネットでのコメントを見ているとあのシーンで性行為が行われると期待していた方が多いようですが、ドリルがドッキングするのってどう見ても性行為のメタファーですよね……。しかも2回も。
 こいつは戦闘するのかそれとも毎回「生存戦略」時に登場するだけなのか? 期待が高まります。

■路線
 アイキャッチとして駅の改札が使われていることや、本編も「第1話」ではなく「1st STATION」となっていたことから、何か意味があるっぽい。

■黒いペンギン
 1号2号3号以外の黒いペンギンは何者でしょう?
 いやそもそもペンギンの意味自体わかりませんけど。

■銃を撃つ女
 このアニメにはアクションがあるということでしょうか。
 総作画監督の方がアクションも得意だということなので、何かあると期待しています。

 こんなところでしょうか。
 さっき「置いておく」と書きましたが、歌詞はティカ・αさんが作詞されていて、どうもアニメに合わせて作ってくれたっぽいので内容にリンクしてそうですね。
 歌詞職人の活躍に期待です。

 最後に。
 こういう風にいろいろ妄想できるところが、オリジナルアニメのいいところだと思う。

2011年7月8日金曜日

輪るピングドラム 第1話 運命のベルが鳴る

絵コンテ:幾原邦彦
演出:中村章子
作画監督:西位輝実
美術:中村千恵子

 リアルタイムでは観られなかったけど、録画して観たよ!
 ストーリーとしては、余命のない妹・陽毬を生かすため、高倉兄弟が『ピングドラム』という物を探さねばならないらしい。
 とりあえずわかったことはそれぐらい。あとは観て確かめて下さい。

 まず最初にびっくりしたのは、美術。
 貧相な和室をあんな少女趣味の部屋に変えてしまうセンスの奇抜さ!
 しかもそれに違和感を感じさせない腕前!
 素晴らしい!

 回想に入るシーンなど、場面が切り替わる時は、電車の案内板みたいな物が出てきてお知らせしてくれる。
 非常にスタイリッシュで親切である。

 そして「生存戦略!!」発言と共に『クリスタル・ワールド』に突入。
 完璧な幾原邦彦ワールドです。
 ど派手な作画とCGが炸裂してます。
 一部CGか作画か判らないところがあるんですが……すげぇことですよこれは。
 『妾』が一歩歩くごとに出てくる足場とか、観ていて気持ちよかった。
 音楽とのマッチングも完璧で、もう嬉し笑いが止まらない。
 少女革命ウテナを遙かに凌駕するぞこれは……。
 第1話で「ついていけねぇ……」と思った方も、観ている間に気持ちよくなってくるから大丈夫!

 原画スタッフには、林明美さんや後藤圭二さんやすしおさんなど、有名どころが揃い踏み。
 スペシャル・アニメーション(クリスタル・ワールド)には細田直人さんもいた。
 オープニングには馬越嘉彦さんに柴田由香さんも。
 作画的にも楽しみすぎる。