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2014年11月25日火曜日

Amazonで買った荷物を佐川急便が紛失した。

『ふん☆しつ!』の感想

[あらすじ]
 Amazonでアーロンチェアを購入した南雲マサキ。
 しかし、配送予定日を過ぎても荷物が届かない。
 お問い合わせ伝票番号を使って佐川急便に状態を確認したところ、なんと荷物は『お預かり営業所』からまったく動いていないことが判明!
 だが、その営業所を確認しても僕の荷物はなかった。
 その後、アーロンチェアの行方を知るものは誰もいない……。

[感想]
 という訳で、荷物を紛失されました。
 初体験です(多分)。
 なお、僕は怒ってません。
 この「配送業者が荷物を紛失する」ていうのは、どういう状況で起こるんだろう。
 僕が想像できるのはこんな感じ。

・トラックが事故に遭った。
・荷物を運ぶのが面倒臭くて捨てた。
・荷物を傷つけてしまい、恐くなって捨てた。
・荷物を盗んだ。

 これぐらい。
 荷物を予定外の場所に運んでしまって行方不明になることもあるらしいけど、その場合は追跡番号があるから、「ものすごい手間暇」をかければ見つけられるかもしれない。

 もちろん、Amazonは同じ商品をすぐに発送してくれた。
 また、Amazonは謝罪メールをくれた。
 佐川急便から連絡は、まだない。

 不思議なことがある。
 僕は最初、佐川急便に連絡を取ったのだ。
 その後、佐川急便は「Amazonに連絡してくれ」と僕に連絡してきて、Amazonは「佐川急便に連絡を取るから待ってくれ」と言い、最終的にAmazonから「どうも佐川急便が荷物を紛失したらしい」という連絡が来た。
 そしてAmazonが僕に謝罪した。
 佐川急便は、僕に「Amazonに連絡してくれ」と指示した時点で、荷物の紛失に気づいていたのではないだろうか?

 しかし、運送会社ってこういうものなのだろうか。
 運送会社にとって「お客はAmazonであり、Amazonで買い物をしたお前は客ではない」のだろうか。
 だから「『運送会社の客ではないお前』が買い物をした荷物を運送会社が紛失しても、それは『Amazonが謝罪するのが正しい』」?
 もっと言えば、「佐川急便が荷物を運ぶAmazonで買い物をした僕が悪い」?
 運送費って、買い物をした時点で僕が払ってるんじゃないの?

 別に謝罪して欲しい訳ではないけれど、なんか腑に落ちない。

 フォロー(?)しておくと、僕のうちを担当している宅配員は、すごく丁寧だ。

『スカイ・クロラ』=ライトノベル説

「森博嗣さんの『スカイ・クロラ』シリーズは、ライトノベルである」
 と、僕の中では定義されている。
 僕の中では、ね。

 主な理由は二つある。
 一つは、ライトノベルは「キャラクタ小説」だからだ。
 もちろん、それ以外のライトノベルもたくさんあるけど。
 もう一つの理由は、作品世界が「子供のために創られたもの」に思えるから。

 この作品は、誤解を怖れずに説明すると、次のようなものだ。
「永遠に大人にならない子供が、戦闘機に乗って命がけで遊んでいる話」
 もっと誤解を怖れずに説明するとこんな感じ。
「いかにして大人になることを拒否して遊び続けるか」
 これがライトノベルでなくてなんなのか。

 主人公の草薙水素は、美しい。
 容姿ではなく、生き方が美しい。
 いや、美しくはないかもしれないが、考え方が純粋だ。
 遊びであり仕事でもある『戦闘』には一家言持っているし、常に上昇志向を持っている。
 こんな子供になりたかった。

 んで。
 困ったことに「『スカイ・クロラ』=ライトノベル説」に同意してくれる人は少ない。
 でもこう言う人はいる。
「これは純文学なんじゃない?」
 はっはっは。
 なにを言っているんだい。
 ライトノベルをある方向に極めると純文学になるんだよ!
 多分。

 キャラクタが作品の中心にあって。
 それを丹念に描いていく。
 ほら。
 どっちも一緒じゃん(いや、ほとんどの小説はそうなんだけどね)。
 キャラクタの性格や、抱えている問題、文章の違いだよ。

『スカイ・クロラ』シリーズの登場人物は基本的に成長しない(これは中身の話)。
 ライトノベルは、やはり成長する話が多い。
 ここは決定的な差かな。
 でも、「大人社会のルールを覚える」とか「覚悟を決める」とか「やりたいことを我慢する」って、成長なのかな。
 大人社会での「やり方」を覚えただけでは?
 だって「大人」の大半はそんなに「優秀」じゃないもの。
 子供が「成長」して「大人」になったのなら、みんなもっと「優秀」なはずだよ。
 表舞台に出てくる「優秀」な人って、なんか子供っぽいし(某社トップとか某映画監督とか某研究者とか)。

 僕は「優秀な子供」になりたかったんだけど。
 僕がなれる望みのある(?)登場人物は整備士の笹倉だけ。
 しかし彼は天才だからな……。
 無理。

2014年11月24日月曜日

『楽園追放 -Expelled from Paradise-』を観てきた。

やっと『楽園追放』を観てきました。
パンフレットは売り切れ。
人気があるらしい。

感想。
メカのアクションがすごくよかった。
板野サーカスが大炸裂。
エンドロールで板野一郎さんのお名前を見かけて納得。

広いターゲットを狙ったらしく、SF設定はかなり手加減されているようだ。
それを承知の上で三つほど突っ込む(僕の勘違いの可能性あり)。

・ディーヴァの人間が受精卵から生まれる必要性が、観客に感情移入させる以外にない。
(遺伝子もコンピュータでエミュレートすればいい)

・ディンゴの趣味はもっと「役に立たない物」にするべき。
(ロックはともかく、音楽鑑賞はディーバ内でも趣味として通用している)

・フロンティアセッターが『人間性』を獲得している必要はない。

再度書くが、これらはスタッフもわかってやってるはず。
わかりにくい話を作るつもりはないのだろう。

こういうエピソードが欲しかったなあ、というのを一つだけ。
それは『初めてのトイレ』。
アンジェラは「食った」ので、絶対に「出す」はずである。
また、彼女は体調が悪いことに気づかないぐらいの『肉体オンチ』である。
つまり尿意と便意に気づかない可能性が高い。
気づいたとしても便器(洋式なのか和式なのかもっと別のか)の使い方がわからない。
「拭き方」なんて未知の領域だ(僕らがいつもと違う方の手で拭くのも難しいぐらいだし)。

これぐらいはスタッフも考えたはずだけど、そりゃまあ、カットするだろう。